C-Macksの自論展開

日々の物事に対し、情報を収集し自論を述べていくものです。賛同意見・反対意見は歓迎しますが、暴言・脅迫・罵詈雑言はお断りです。

有名人を取り巻くトラブルのリスクを考える

昨年から有名人による性加害を訴える報道が続いています。先月にはサッカーの日本代表選手にも性加害の報道が出て代表を離脱する事態に発展しました。また、先日のアジアカップイラン戦では、主力であるその選手の離脱が影響したのか逆転負けをし、サポーターの方々からしたら「あの訴えがなければ!」と怒り心頭に発しているとお察ししています。

真偽は別として、有名人はトラブルに巻き込まれるリスクが常にあります。今回はこの件について考察し、自論を述べていきます。これらの件と無縁と思われた方は、静かにお帰りください。

有名人のスキャンダルは、今も昔も世間を賑わせ、お騒がせしている。ある時は薬物関係、ある時は自動車関連、ある時は性的な関係など、一定の周期があるかの如く固まって報道がなされている。また有名人のスキャンダルは次から次へと出てくる。これは記者の張り込みに加え、関係者からのリークが日常的になされているものと考えられる。いずれにせよ、有名になれば、ちょっとした出来事ですらも大きな話題となってしまうから、悩みものである。

有名人は様々なメディアへの露出が多いことから一種の公人的な扱いである。公的な場での発言や行動が、時には社会を動かしたり、メディア媒体で炎上したりなど、影響力は凄まじいものである。大臣の失言やフォロワーの多い発信者の発言などがその典型である。ただ公的な場での発言等がスキャンダルに発展ことはほとんどない。それは、客観的な証拠が常に存在しており、弁明をする余地を与えないからだ。一方、昨今の有名人のスキャンダル報道を見ると、一部を除いたそのほとんどが私的な空間、時間にて行われていることが伺える。公人的な扱いであり、社会の規範になることから、私的な言動にも注目されることはやむを得ない。ただ全くプライベートが確保されないのも問題である。

さて、有名人はスキャンダルなどの様々なトラブルに見舞われてしまうのだろうか。不倫を例に考えてみると、私人である一般人ではほとんど取り上げられることはないが、有名人では様々なメディアで取り上げられ、世間が飽きるまで報じ続けられる。この差に着目して思慮するといくつか要因が考えられ、ここでは2つ取り上げる。一つ目は「売名行為」である。既存の有名人を利用して自身も有名になろうという魂胆である。炎上であっても、世間や業界の人に名を知ってもらえれば目的は達成されるのである。ハニートラップなどがこの例である。二つ目は「金銭」である。大抵の有名人はお金を持っているため、スキャンダルネタでゆすったり(もちろん犯罪である)、民事裁判に持ち込んで賠償請求をするなどして金銭を要求するケースがある。美人局(つつもたせ)がいい例である。また、出版社が有名人のスキャンダルネタを高値で買うとの噂があり、それを見込んでネタを売るケースも見受けられる。いずれのことも、一般人のスキャンダルネタではほぼ成立し得ない。

ただよく考えてもらいたい。有名人とて1人の人である。悪さやスキャンダルの一つや二つは必ず存在する。刑法に抵触するような悪さであれば、それは司法に委ねるべきである。また被害者感情が表立って気付きにくいことだが、人には「心変わり」という心情があり、これが後々トラブルを引き起こしかねない。心変わりまで気にしてしまうと、誰とも付き合いができなくなってしまうことになるが、トラブルのリスクを回避する最善策ともなる。とはいえ、人付き合いを一切無くすことも非常に困難である。次の手として考えられることは、証拠を残しておくことだ。特にアナログなものを私はおすすめする。もっとも、悪さやスキャンダルが一切ない聖人君子のような人がいるならば、一度は見てみたいものだ。

有名になるということは、良きにしても悪きにしても名が知れ渡ることであり、名誉なことである。多くの者は有名になりたいと思うだろうが、私はそうは思わない。なぜなら、私的な空間、時間が制限され、言いたいことが言えない、やりたいことがやれない、そんな生き方は耐えられない、楽しくないと考えるからだ。歴史上の有名人を見ても、やはり何かしらのトラブルに見舞われていることが伺えるため、いつの時代においても悩みは変わらないと推察される。これを読んでいるあなた、プライベートを犠牲にし、リスクを抱えてもなお、有名になりたいと思いますか?