C-Macksの自論展開

日々の物事に対し、情報を収集し自論を述べていくものです。賛同意見・反対意見は歓迎しますが、暴言・脅迫・罵詈雑言はお断りです。

1年前の国葬はよかったのか?

リアルが忙しくなり、投稿が1週間に1個程度になります。

過ぎたる9月27日は安倍元首相の国葬があった日。今でも国葬の実施の是非が議論となっている今日、果たして安倍元首相は国葬に値する人だったでしょうか?今回はこの件について自論を述べていきます。

興味のある方だけ、続きをどうぞ。

まずは、首相時代の功績について確認する。一つ目は誰もが知る現憲法下における首相在位が最長の8年8カ月であること。佐藤栄作氏や吉田茂氏の在職期間を上回る長期政権を実現し、様々な政策を実行してきた。二つ目も誰もが知るアベノミクスによる日本経済の再興だ。2012年の政権交代時には日経平均株価は1万円を割っていたが、政府主導による経済政策、アベノミクスを打ち出し実行した結果、みるみる株価は上昇していき、安倍氏が首相を退任した2020年には日経平均株価は2万円台半ばまで上昇し、以降も株価は上昇をし続け、今年には3万5千円を突破する時期もあった。このことは、日本経済再興の礎を築いた大きな功績と言えよう。三つ目はクセ強めな主導者たちと対等に渡り合った日本人であること。ロシアのプーチン大統領アメリカのトランプ前大統領、韓国の文在寅前大統領といった主導者たちに負けじと対峙した日本のリーダーは他にいただろうかと思えるほどであった。まぁ、安倍元首相も結構クセ強めだったけど…。

功績だけを見れば、国葬に値する人物であったかもしれない。ただ安倍元首相は、同時に功罪も残していった。一つ目はアベノミクスの副作用を見て見ぬふりをしたこと。物事には作用と副作用が存在するもの。前述したように、アベノミクスは日本経済の再興に大きな役目を果たしたが、同時に、金持ちはより金持ちに、貧乏人はより貧乏人にという貧富の格差はより拡大した。株価の影響を受ける人物を考えたら一目瞭然であろう。株式が買える、投資をする知識と金がある人が大きな恩恵を受けたであろう。今日の食事も大変な貧乏人に投資ができるだろうか。一般的な心情として、貧乏人がリスクを背負ってまで投資をすることは、ギャンブラーでもない限り考えられないのである。そんな貧乏人に株価上昇の恩恵があるわけがない。また、経済再興の起爆剤として様々な経済刺激策を打ち出したが、その資金は国債すなわち借金である。「国債を返済するのは後の世代だから自分は知らん」と言わんばかりに国債を発行した結果、第2次安倍政権中に増加した国債は約500兆円である。これは初めて赤字国債を発行した1965年から民主党政権が終わる2012年までの間に発行した国債額とほぼ同額である。これだけの借金を次世代に背負わすのだから困りものである。なお、アベノミクスを引き継いだ菅政権、岸田政権においても順調に国債額は増加している。

二つ目は、クセ強めのリーダーであったが故に黒い疑惑が絶えなかったこと。特に記憶に残っているのは森友問題、加計学園問題であろう。「疑惑が真実なら、私は総理も国会議員も辞める」こんな感じで啖呵を切ったことで問題が大炎上し、与野党の首相攻防戦によって国会審議が進まない事態を引き起こしたことは大罪ではなかろうか。森友問題では、国土交通省による不自然な土地代の値引き疑惑、財務省が首相を守るために公文書の改ざんという禁忌を犯し、その文書の改ざんを命じられ命を絶った近畿財務局の職員がいるなど、人的な損害や中央省庁の信用・信頼を大きく失墜させた。そのことも厭わず、自分の保身に走った人物に罪はないと言えるだろうか。「指示はしてない」とずっと言っていたが、忖度させる雰囲気を作ることは問題ないと言いたかったのだろうか。忖度は相手を慮る心情から来るものである故、証明が難しいことに付け込んだあくどいやり方と私は思う。加計学園問題では、内閣府が管轄する特区制度を悪用したと言われていたが、獣医学部の新設を是としなかった獣医学会との軋轢が生んだものともとらえることが可能であるため、罪と呼べるものか疑問が残る。ただ、首相の友人が当事者であったことが疑惑を深めたのは言うまでもない。

三つ目は、「独裁国家日本」を作ろうとしたこと。多少誇大な表現ではあるが、安倍元首相の最終目標だっただろうと推測する。やり方はロシアのプーチン大統領をまねた方法である。絶対的な業績を作り、周囲の人にトップでいてくれと思わせる環境を作り、敵となる人物を排除する方法である。先ほどの森友問題の忖度にも関連しており、中央省庁は人事というカードで脅し、忖度させ、党内では自分に従わないものを窓際に追いやったり、選挙の支援拒否などをし、一部の野党には弱みを握って敵にならないよう圧力をかけたりなど、言い換えれば、恐怖政治を敷いていたとも言える。自民党総裁の連続二期の規則も特例で連続三期目を認めたことも、いずれは総裁任期の撤廃を目論んでいたと推測される。また暗に検閲を行っていた可能性もある。新聞の投稿欄に政治的な批判を投稿しても一切載らなかったり、新聞社から注意があったりなど、安倍政権下では政治的な批判はタブーであった。菅政権になってから政治的な批判が投稿欄に載るようになったことから、検閲あるいは報道への圧力があったと推測される。検閲は憲法で禁止されている事項である。体調の問題で首相は退いたものの、党内からは再登板を期待する声が後を絶たず、本人もその気であったことからも、前述の「独裁国家日本」が最終目標だったと推測される所以だ。それを象徴することが、安倍派のトップの席が空席のままであることだ。未だに安倍氏の幻影にすがっているのだろう。

私自身がアンチ自民党であるが故に、批判的な文章のほうが多くなってしまったことにまずは陳謝する。築いた功績は大変大きなものではあるが、同時に功罪の方も大変大きなものである。結局本人がこの世にいなくなってしまい、様々な疑惑も闇に葬られた形となり、被害にあわれた方々の気持ちは晴れないだろうとお察しする。私の意見は、国葬は非であるが、党葬などであれば是である。安倍氏が残した功績を上手に活用し、よりよい国造りを現政権には期待したいものだ。もっとも、安倍氏の幻影にすがる国会議員がいるようじゃ、あと5年は無理そうだな…。